名古屋高等裁判所 昭和45年(ラ)150号 決定 1972年6月29日
抗告人 松永ふみえ(仮名) 外三名
相手方 松永克子(仮名)
主文
原審判を取消す。
被相続人松永与治郎の遺産のうち別紙遺産目録記載(2)、(3)、(4)、(6)、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)、(12)、(13)、(14)、(15)、(16)、(18)、(19)、(20)、の各土地は抗告人松永ふみえ同春夫同美佐子の共同取得(いずれも各持分三分の一)とし、同目録記載(1)、(5)、(17)の各土地は参加人松永与志夫の単独取得とする。
抗告人松永ふみえ同春夫同美佐子は合同して参加人松永与志夫に対し、金一九〇万五、一〇〇円を支払え。抗告人松永ふみえ同春夫同美佐子は参加人松永与志夫に対し、別紙遺産目録記載(1)の土地につき昭和三八年四月八日受付第七九二二号をもつてなされた相続による各持分三分の一とする所有権保存登記、同(5)の土地につき昭和三八年二月一五日受付第三二三七号をもつてなされた相続による各持分三分の一とする所有権移転登記、同(17)の土地につき昭和三八年四月八日受付第七九二一号をもつてなされた相続による各持分三分の一とする所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
審判手続費用中原審において鑑定人板津友次郎に支給した鑑定費用金五万円は、抗告人松永ふみえ同春夫同美佐子において金四万円、参加人松永与志夫において金一万円を各負担すべきものとする。
理由
抗告人らはいずれも「原審判を取消し、更に相当なる裁判を求める。」旨申立て、その理由の要旨は、抗告人松永ふみえ同松永美佐子同松永春夫(以下単に抗告人ふみえらという)については別紙第一記載のとおりであり、抗告人松永与志夫(以下参加人与志夫という)については別紙第二記載のとおりである。
(当裁判所の判断)
一、抗告人ふみえらの抗告理由(一)及び参加人与志夫の抗告理由(一)の(1)ないし(3)について。
相手方克子が参加人与志夫の遺産分割請求権を代位行使して本件遺産分割審判の申立をするに至るまでの事実関係並びに(一) 参加人与志夫の本件贈与契約(昭和三七年一二月六日付甲第一号証の覚書)取消の意思表示の無効性、(二) 相手方克子の本件遺産分割審判申立の適法性、(三) 参加人与志夫のなした相続分の放棄及び持分贈与の無効性、(四) 参加人与志夫と抗告人ふみえら三名間でなした本件遺産分割協議の無効性、(五) 本件遺産(原審判書添付目録記載)のうち(1)ないし(7)、(12)ないし(17)の各土地につき抗告人ふみえら三名の共有名義になされた相続による所有権保存及び移転の各登記並びに(10)、(11)、(19)、(20)の各土地につき参加人与志夫の持分贈与を原因とする抗告人ふみえら三名に対する持分移転登記の無効性、(六) 本件遺産のうち(8)、(9)、(10)、(15)、(18)、(20)の各土地の売却による所有権移転登記の無効性についての原審判の認定判断は、原審判書四枚目裏七行目から同裏一一行目にかけて「本件遺産のうち(1)ないし(3)、(13)ないし(17)の土地については相手方ら三名の共有名義に保存登記をし、○○○○協同組合に対し右三名の持分全部の所有権移転登記をし、(4)ないし(7)の土地については相手方ら三名共有名義に所有権移転登記をし」とあるを「本件遺産のうち(1)ないし(3)、(13)ないし(15)の土地について相手方ら三名の共有名義に保存登記をし、(4)ないし(7)、(16)、(17)の土地については相手方三名の共有名義に所有権移転登記をし」と、同五枚目表六、七行目に「別紙記載の如く」とあるを「本決定書添付の別紙1記載の如く」とそれぞれ訂正するほかは、当裁判所も同一結論に到達したので、原審判の理由中右に関する説示記載(原審判書二枚目裏一行目から同五枚目裏末行目まで及び同六枚目表三行目から同裏三行目までの記載部分)をここに引用する。(なお前記(一)の点について昭和四二年六月二八日付当裁判所昭和四一年(ラ)第一七二号事件決定、同(二)ないし(六)の点について昭和四三年一月三〇日付当裁判所昭和四二年(ラ)第一七九号事件決定各参照)
従つて右の認定判断に反する抗告人ふみえらの抗告理由(一)及び参加人与志夫の抗告理由(一)の(1)ないし(3)の各主張はいずれも理由なく採用しない。
二、抗告人ふみえらの抗告理由(二)、(四)について。
本件記録によれば、参加人与志夫は第一次差戻前の原審における昭和四一年七月八日の証人尋問において、亡父与治郎の遺産については権利を放棄した、抗告人ふみえらとの遺産分割協議、持分贈与による各相続登記及び土地の売却等はいずれも事前又は事後に承諾している旨述べ、また第一次差戻後の原審における証人尋問においても、乙第三号証の共有持分権放棄書及び同第四号証の相続放棄書はいずれも自分の真意で作成したもので相続放棄の意思に変りはない旨述べていることが認められる。然し一方参加人与志夫は第二次差戻後の原審における参加人審問においては、父の死後抗告人ふみえが参加人与志夫の承諾なく同人の実印を使用し勝手に抗告人ふみえら三名の共有名義に相続登記や土地売却をしたもので、自分が以前裁判所で取調べを受けたとき相続分を放棄したと申し述べたのは真意ではない旨を述べているのである。そしてその他本件記録に編綴されている参加人与志夫の相手方克子又は裁判所あての各書簡(甲第四第一一号証の各一、二等)によつて明らかなように参加人与志夫は或る時は相続放棄は真意で遺産分割持分贈与等すべて承諾している旨表明し、或る時は右と反対に父の他界後抗告人ふみえが与志夫の実印を悪用して抗告人ふみえらの共有名義にしたもので財産を隠匿した違法行為である旨を表明しているのであつて、その真意を把握するのに困惑するのであるが、結局このように供述を転々と変えるような参加人与志夫が昭和四一年七月八日の証人尋問において前示のような供述をし、その頃そのことを抗告人ふみえらに話したとしても、これをもつて直ちに同抗告人ら主張のような追認をしたものとは認め難いのである。それ故参加人与志夫の追認を前提とする抗告人ふみえらの抗告理由(二)に関する主張は理由なく採用できない。 次に抗告人ふみえらは参加人与志夫と相手方克子間の甲第一号証の覚書による贈与契約は昭和四六年九月三〇日頃合意解除により消滅した旨主張するが、これを認めるに足る資料はないので、同抗告人らの抗告理由(四)の主張も理由がない。
三、抗告人ふみえらの抗告理由(五)及び参加人与志夫の抗告理由(二)について。
前示一で引用した原審判及び当審での各認定事実並びに本件記録に徴すれば、被相続人与治郎(昭和三五年一二月八日死亡)の相続人は妻である抗告人ふみえ、長男である参加人与志夫、三女である抗告人美佐子、三男である抗告人春夫の四名であつて、相手方克子は右長男与志夫の妻であり相続人ではない。相手方克子は昭和三七年一二月六日参加人与志夫との間になされた贈与契約(前記甲第一号証)上の債権を保全するため参加人与志夫の遺産分割請求権を代位行使して本件遺産分割審判の申立てをしただけのものである。従つて本件遺産分割の審判をなすに当つては、本件遺産を前記四名の共同相続人に分割をなすべきもので、相手方克子に対し直接分与(取得)の審判をなすべきものではない。すなわち先づ本件遺産を前記四名の共同相続人に分割し、その結果参加人与志夫の取得した分の二分の一を与志夫から克子に贈与されるべきものである。そしてこの贈与契約の履行は民事訴訟法による訴訟事項であつて審判事項ではない。然るに原審判では、相手方克子は前記贈与契約上の債権者であると認定しながら参加人与志夫の取得分の二分の一の分与を受け得るものとして、主文第二ないし第四項において被相続人与治郎の遺産(土地)の一部を直接相手方克子に取得させ、且つ抗告人ふみえらに対し右土地についての所有権移転登記手続と金員の支払いを命じているが、これは違法な審判というべきであり、この点で原審判は取消すべきものと認める。なお抗告人ふみえらの抗告理由(六)、(七)に関する判断は次の自判において示す。
四、本件においては、記録に照らし、当審で自ら審判に代わる裁判をなすのが相当であると認める。よつて考えるに、当裁判所も本件記録によれば、本件の相続人らの特別受益の有無、相続人らの状況について、原審判書七枚目表六、七行目に「昭和二年一二月岐阜市○○町○丁目○○番地上家屋番号二六、木造瓦葺平家建店舗建坪五坪」とあるを削除し、同七枚目表五行目に「実測一三・五〇坪」とあるを「公簿床面積一三・五〇坪」と、同七枚目裏三行目に「合計八一八、〇〇〇円」とあるを「合計七六二、〇〇〇円」と、同八枚目表一〇、一一行目に「現物分割は特に希望していない」とあるを「本件遺産分割の方法として現物分割を希望し、その取得分として○○町○、○丁目の土地を希望している」と、同九枚目表一、二行目、同表六、七行目、同裏一、二行目にいずれも「本件遺産分割について特に意見希望を申述べてはいない」とあるをいずれも「本件遺産分割の方法として現物分割を希望し、抗告人ふみえらの取得分として原審判書添付目録(4)、(5)、(6)、(7)及び(12)、(16)の各土地、特に(5)、(12)の土地を希望している」とそれぞれ改めるほかは、原審判理由(2)、(3)、(5)ないし(8)記載(原審判書七枚目表三行目から同裏六行目まで及び同八枚目表一行目から同九枚目裏二行目までの記載部分)のとおり認定するので、これを引用する。
次に本件遺産の範囲及び評価並びに各相続人の具体的相続分と取得分について考察する。
(1) 本件遺産の範囲及びその評価
前示一で引用した原審判及び当審での各認定事実に本件記録によれば、亡与治郎の遺産は原審判書添付目録記載の土地すなわち本決定書添付の別紙遺産目録記載の土地であつて(原審判書添付の銀行預金、株式については金額も少額であり、本件当事者も相続財産に加えないことに異存がないから本件遺産の範囲から除外した)、右土地のうち(12)の土地(但し内公道に面した南西の部分七三・一〇平方米を除く、この部分は第三者に建物所有の目的で賃貸中)は抗告人ふみえらが前記の抗告人春夫同美佐子の各所有家屋の敷地等として占有使用中であり、(1)ないし(7)、(11)ないし(14)、(16)、(17)、(19)の各土地(但し(5)の土地のうち道路に面した部分一六・二〇平方米を除く、この部分は現在抗告人春夫においてガレージとして使用中)はすべて亡与治郎の生前から第三者に建物所有の目的で賃貸中のものであり、(8)、(9)、(10)、(15)、(18)、(20)、各土地はもと貸地であつたが相続開始後前示(別紙1記載)のとおり第三者に売却し現在いずれも売買を原因とする所有権移転登記を経由したものであること、そして右賃貸地の合計賃料年額約六〇万円は相続開始後すべて抗告人ふみえらが取得しているが、亡与治郎の葬儀費五万円、相続税七三六万五、四〇〇円(内参加人与志夫の分一九五万二、〇八〇円)は同抗告人らが前記土地を売却した代金から支払ずみであること(なお右売却代金額が明らかでないため売却金全部が相続税納入のため充当されたのか一部をもつて納入されたのかは不明である)、本件遺産の相続開始時すなわち昭和三五年一二月八日当時における評価額は別紙遺産目標の「相続開始時の評価額」欄記載のとおり合計七一二二万八、一〇〇円であり、原審の審判時たる昭和四五年八月二七日当時における評価額は同目録の「審判時の評価額」欄記載のとおり合計二五五七五万一、七〇〇円であることが認められる。
なお右各評価額は原審における鑑定人板津友次郎の昭和四三年八月一日付鑑定評価書(但し同鑑定評価書二五頁(5)の土地の「現在時点」欄に「四、五〇三、三〇〇」とあるは「四五、〇三三、〇〇〇」、同(12)の土地の「現在時点」欄に「四、三七〇、五〇〇」とあるは「四三、七〇五、〇〇〇」のそれぞれ誤記であることは同鑑定評価書一九頁の該当欄の計算上明らかである)による鑑定の結果によつて認定したものであるが、(12)の土地のうち七三・一〇平方米を除いた部分及び(5)の土地のうち一六・二〇平方米の部分はいずれも抗争人ふみえらの自己使用地であるので借地権のない場合の価格により、また(12)の土地のうち右の七三・一〇平方米及び(5)の土地のうち右の一六・二〇平方米を除いた部分並びにその余の各土地はすべて相続人以外の第三者が賃借権に基づき占有しているので借地権のある場合の価格によつた。なおそのうち(8)、(9)、(10)、(15)、(18)、(20)の各土地はもと賃貸地であつて相続開始後に売却されたが、右売却は前示のとおりいずれも無効であり売却代金も明らかでないので現存しているものとして評価した。そして右鑑定人の鑑定時たる昭和四三年七月一日当時と原審の審判時たる昭和四五年八月二七日当時とでは評価額に変動があることは考えられるが特段の事情の認められない本件においては本件遺産の右審判時の評価額は右鑑定人の昭和四三年七月一日当時の評価額として鑑定したそれと同一であると認めるのを相当とした。
(2) 相続人らの具体的相続分及び取得分(現実に取得すべき金額)
本件相続人らの法定相続分は、抗告人ふみえが三分の一、同春夫同美佐子及び参加人与志夫がいずれも九分の二であるが、抗告人春夫同美佐子については前示特別受益があるので、民法第九〇三条により具体的相続分を算定すると別紙2記載のとおり抗告人ふみえは二四、三九一、三六六円(相続人全員の各具体的相続分を総計したものを一とした場合の割合〇・三四二四)、抗告人春夫は一五、四九八、九一〇円(同〇・二一七五)、抗告人美佐子は一五、〇七六、九一〇円(同〇・二一一六)、参加人与志夫は一六、二六〇、九一〇円(同〇・二二八二)となる。
ところで相続開始時と分割審判時との間に多年月を経過しその間分割の対象となる財産の評価額が前記のとおり相続開始時と審判時との間に著しい変動が認められるような本件の遺産分割にあたつては審判時における評価額に基づいて行うのを相当とするので、本件遺産分割の対象となる別紙遺産目録記載の各土地の審判時における価額の合計金二五五、七五一、七〇〇円に前記各相続人の具体的相続分の割合を乗じて各相続人の取得すべきこととなる金額(取得分)を算出すると次のようになる。
抗告人ふみえにつき
255,751,700円×0.3424 = 87,569,800円(100円未満切捨)
抗告人春夫につき
255,751,700円×0.2175 = 55,625,900円(100円未満切捨)
抗告人美佐子につき
255,751,700円×0.216 = 54,117,000円(100円未満切捨)
参加人与志夫につき
255,751,700円×0.2282 = 58,362,500円(100円未満切捨)
なお抗告人ふみえらは、本件遺産の分割に当り、同抗告人らが支払つた本件遺産に対する前示相続税金七三六万五、四〇〇円のうち参加人与志夫の分金一九五万二、〇八〇円は同参加人の取得分から控除さるべきである旨主張するが、他方同抗告人らは前示のとおり相続開始後本件遺産たる土地の賃料(相続財産から生じた収益)年額約六〇万円を取得しているのであるから、参加人与志夫に対する右相続税はこれらの賃料とともに後日相続人間で清算すべきものと考えるので、右相続税は参加人与志夫の取得分から控除しない。
五、そこで右の取得分を基準とし、本件遺産の状況その他本件に顕れた一切の事情を考慮して本件遺産を次のとおり分割する。
別紙遺産目録記載の土地のうち(1)、(5)、(17)の各土地(この総価額五六四五万七、四〇〇円)は参加人与志夫の単独所有とし、その余の土地はすべて抗告人ふみえ同春夫同美佐子の各持分三分の一の共有として、
それぞれこれを取得することに定め、参加人与志夫の不足額一九〇万五、一〇〇円は抗告人ふみえ同春夫同美佐子をして合同して同参加人に支払わせることとする。
なお右分割の結果、前示(1)、(5)、(17)の各土地は相続開始時に遡つて参加人与志夫の所有に属することになり、その上に存する主文記載の相続登記は右実体に符合しないものとなるから、抗告人ふみえらにおいてこれが各抹消登記をなすべきものである。よつて同抗告人らに対し各抹消登記手続をなすことを命ずる。
六、よつて審判手続費用中原審において相手方克子が支出した鑑定費用金五万円につき家事審判法第七条、非訟事件手続法第二七条を適用してその負担を定めることとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 広瀬友信 菊地博)